招き猫先生の『ことちか日記』R1 8/22

盛りだくさんであった長崎日大の夏休みの最後を飾るのは、桃山教育大学教授である二瓶弘行先生の公開研究授業と近隣の小学校・中学校の先生方と一緒に学ぶ勉強会である。

二瓶弘行先生の「夏の特別授業」も11年目を迎える。

思えば、平成21年の秋、福岡博多で開催された二瓶先生(当時は、筑波大学附属小学校にお勤めであった)のご講演を拝聴し、その日のうちに、初対面の二瓶先生に会いに行き、本校での特別授業実施をお願いしたのである。

今思えば、相当失礼な話である。

快くお引き受けいただき、その年の12月に第1回がスタートした。

近隣の小学校の先生方に「二瓶先生来校!一緒に勉強会をやりませんか!」とご案内したところ、予想を大きく超える参加者となり、改めて、「二瓶弘行」の存在のすごさを感じたものであった。

近年は、日大中の生徒数増加により、年2回の実施となっている。

今年の中学1年生も目を輝かせての公開研究授業となった。

毎年のことであるが、まさしく「一期一会」である。中高6年間の中でのたった1コマの授業である。

しかし、生徒たちの心には印象深く残っているのである。

本日の「説明文」の授業と二瓶先生にいただいた言葉は、彼らにとって忘れられない「言葉の力(ことちか)」として残ることだろう。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』R1 8/21

唐突ではあるが、この夏に、「東井義男」という人物の著作に出会った。教育者の世界では高名な先生なのだが、恥ずかしながら、吾輩は(東井先生の名言などを断片的に存じ上げてはいたが)その著作を手に取ったことがなかったのである。

東井 義雄先生は、兵庫県豊岡市出身の教育者、僧侶(浄土真宗)である。小学校教師として奉職し多くの著作を残したほか、東光寺の住職も務めた方である。

地元には、東井義雄先生の記念館もある。

拝読した東井先生の著作の中には、印象的な言葉がたくさんあった。その一部をご紹介しておこう。

・根を養えば樹はおのずから育つ
・一番はもちろん尊い しかし 一番よりも尊いビリだってある
・ほんものはつづく つづけるとほんものになる

・自分は自分を創っていく責任者
 自分は自分の主人公
 世界でただ一人の自分を創っていく責任者

・やんちゃ者からはやんちゃん者の光
 おとなしい子からはおとなしい子の光
 気のはやい子からは気のはやい子の光
 ゆっくりやさんからはゆっくりやさんの光
 男の子からは男の子の光
 女の子からは女の子の光
 天いっぱいに子どもの星をかがやかせよう

・聞いてやるということは、わかってやるということだ

今後折をみてまたご紹介していきたい。
本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』R1 8/20

本日は、校内で「職員研修」を実施する。また明日は、長崎県の高校の先生たちを対象とした「新課程説明会」が、県内各地で実施される。

「令和」がスタートし、「新しい時代の」という形容の使用頻度が一挙に高まっている昨今であるが、吾輩たち教育現場の人間も日々学び続ける姿勢を持ち続けることが必要なのは間違いない。

文部科学省は、学習指導要領の改訂通知で「これまでと異なる指導方法を導入しなければならないなどと浮き足立つ必要はなく」と述べていらっしゃるように、何となく新しいものを掲げて見せて、何となく魅力のある私立学校としての生徒募集を行うことは慎みたいものである。

「アクティブラーニング」という言葉がひとしきり踊ったが、その本質は目新しいものではなく、自らの学びを怠ることのない教員が、生徒たちのモチベーションを高め、互いの信頼関係の中で、互いに生き生きと授業や学校生活を充実させることにある。

大切なことは、そのために、これまで以上に生徒の立場に立って考えてみるとか、もっとわかりやすくするにはと考えてみるとか、どうすればより効果的になるかと工夫を凝らしてみるとか、様々な取り組みのチャンネルを増やしてみることなのである。

しかも、義務感とか、責任感といったたいそうなものではなく、いい意味で「面白がって」でいいのではないかと思う。

「面白がるなんて不謹慎だ」と怒ることなかれである。

「主体的で対話的で深い学び」は、興味・関心という面白がることと、厳しさ・緊張感といったもののバランスの上で成り立つのではないかなと思う。

時代は変わっても、大切なことはそれほどかわらない。教育現場においては、あらゆる点において、変わるというよりも「チャンネルを増やす」という意識が必要なのである。

「千本ノック」から「バッティングピッチャー」に変わらなければというのではなく、「千本ノック」の要素も必要だけど、「バッティングピッチャー」のような要素も重要だということなのである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』R1 8/19

本日より、夏季進学講座後半戦開始である。
久しぶりに校舎の中に、生徒諸君の元気な姿が躍動し、声が響いている。それを見ているだけで何だか嬉しくなっている吾輩である。

「やっぱり生徒たちが元気に頑張っているのが一番だな」と思いつつ、学内を見て回っていると、数名の生徒たちが吾輩を訪ねてきた。

どうしたのかなと聞くと、インターハイのお土産だということで、手に手に「ちんすこう」などを持っている。

また、「先生、ごめん。招き猫はなかったんですよ。」と差し出したのは、画像にある「シーサー」であった。「でも、猫に似てるし、魔除けになるけんよかよね。」と手渡してくれた。

かわいいものである。猫だろうが、犬だろうが、シーサーだろうがかまわない。その気持ちが嬉しいのである。

とてもとてもハッピーな夏休み終盤の再スタートとなった。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』R1 8/18

8月の初旬に実施された「長崎県私学教育研修会」の感想が手元に届いた。この研修会は、県下の21の私立高校から38名の先生方(主に若手)が参加しての研修であった。

まずは、本校から参加した3名の若手の先生の感想に目をとおしたが、非常に真面目に記述してある。「吾輩が彼らと同じくらいの年齢の時は、ざぁっとしてたなぁ。」などと思いつつ、お三方のしっかりした内容を読ませていただいた。

他校の先生方の感想もすべて読んだが、皆さん本当にしっかりしていらっしゃるなぁというのが率直な感想である。「長崎の私学教育の未来は明るい」のである。

その中に印象に残ったものがひとつ。本校ではなく他校の先生のものである。とはいえ、まったく知らぬ仲ではなく、一時期ともに過ごした仲間でもあった先生である。

その記述の中に、「経験論だけではなく、理論的に考え、その場に適した対応をするために、」という言葉があった。

吾輩たち教育現場では「経験」というものを非常に大切にする。しかし、気をつけなくてはならないのは、経験に基づく考え方や判断は、ときとして「主観」や「希望的観測」に近くなっているときがあるということである。

後になってよく考えてみたら、「論理としてはこうだよね。」と感じることがある。

経験は何事においても大切である。しかし、経験則が万能なわけではない。当たり前のことではあるが、その先生の言葉から改めて考えさせられた次第である。

経験を必要以上に重視すると、危険な「思い込み」「決めつけ」に陥ることだってあるかもしれない。
経験論と理論、この2つを冷静に、しかし温かく駆使して、個々を尊重することによって教育現場は充実していくのだと思う。

本日はここまで。

 

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