招き猫先生の『ことちか日記』H29 4/25

「人様(ひとさま)」「おかげ様」、帰りのSHRでの校内放送のひとときである。「拍手が起こる生徒指導」として、ことちか日記でもよく取り上げる肥田剛一先生の声が響いている。

本日の講話の内容は、学校近隣のMドナルドに寄せられた長崎日大の生徒に対する苦情と感謝の言葉、その両方を紹介するものであった。苦情は「日大の生徒がこっちをジロジロ見て笑っていて不愉快だった。」という内容、感謝は「店内が込み合っていたときに席を譲ってくれた。小さい子供を席まで連れて行ってくれた。」という内容だった。

上記の内容を受けて、世の中、良いことも悪いこともすべて見られている。見守られている。日本は「お互いに気持ちよく過ごしたい。」という想いがとても強いお国柄である。「人」という名詞に「様」をつけるなど日本特有の「人様」「おかげ様」という意識を持つことで、本当の大人になることができる。面倒なこと嫌なこと、あらゆるしくじりから身を守ることができる。と肥田先生の言葉が続いた。

最後に、日大生にはこの「人様」「おかげ様」という言葉の持つ不思議な力を知って、この力を味方にして、感動する人生、幸せな人生を送ってください。とまとめ、今後の体育大会への激励で結んでいた。

まさに「ことちか(言葉の力)」の講話である。「人様」「おかげ様」もうひとつ「世間様」、さらに「おてんとうさま」、

日本の「恥の文化」ここにありである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H29 4/24

先日少し触れた伝説の伸学社塾頭入江伸先生についてである。

伸学社は、大阪の帝塚山に1986年まで存在していた学習塾で、塾頭である入江伸先生の名から「入江塾」と呼ばれていた。
設立数年後、塾生が超難関校である灘高にトップ合格したことから灘高受験希望者が次々と集まり、「入江塾」の名はに広まっていった。また、入江塾で学んだ灘高生の九割近くが東大へ進学した時代がある。

特筆すべきは、人間形成に重点を置いていたことであり、塾運営の目的が、「勉強の成果のみの追求ではなく、少年らしい、健やかな自主性の養成」にあったと聞いたことがある。

入江伸先生の著書である『入江塾の秘密』(昭和49年初版)、『奇跡の国語』(昭和53年初版)、『奇跡の入江塾方式』(昭和55年初版)などを読みふけったものである。

吾輩が小学生時代からの話であるから、さまざまに現在の教育界、受験シーンにそのまま適合はできない。また当時だから許された厳しい指導もあったのかもしれない。

その辺は「時代の変遷」というフィルターをかけて考えたとしても、現代の受験や教育にも通じる、重要なエッセンスは垣間見られるかなと思う。画像にあるのは、吾輩が大学1年生当時、神田の古書店街で購入した『入江塾式学力アップ法』という書籍である。

先日自室の整理整頓(吾輩これが壊滅的に苦手である)に努めていたときに久々の再会を果たした。ついつい手に取って読み耽ってしまい、哀しいかな、整理整頓はここで終了してしまった。

入江伸先生曰はく、
私は「少年よ、自分の学業を、自分自身の主体性の中へとりもどせ。自分の自分による自分のための学習、それが自主学習なのだ。」と自主性の目覚めを訴えている。
また、「少年たちの学業はまさに受動一本やり、教え込まれるものを黙々と受け入れて、そのままの形で機械的に再表現する、それが学習だと思いこまされている。学業面でも、生活面でも、この現状でどうして、少年が少年らしい覇気と気力をとりもどせようか。」と憂えている。

この著書の初版は昭和51年である。
それから40年後の現在、私たちは同様に訴え、憂えてはいないだろうか。
しかし、長崎日大は憂えるだけでは終わらない。

現在18:40、職員室である。先ほどは高校3年生数名に対して、日頃は温厚なベテラン先生からの「心からの檄」が飛んでいた。中学2年生の少年が得意げに語る「ドラゴンボール」の豆知識をにこにこ笑って聞いている生徒指導主事と教務主任がいた。強い口調だが相手をしっかり見つめて語りかけている高1の担任がいた。迷いを抱えた生徒に対して懸命に説明を続けて何とか導こうとしている高2の担任の話はまだ続いている。体育大会の準備を進める生徒たちを温かく見守りつつ、課題もさぼるなよと笑顔で釘をさすスタッフがいる。

長崎日大ここにありである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H29 4/21

さて、新年度・新学期も2週目を終了する。愛する中1諸君は元気いっぱいであるが、愛しすぎている高3諸君にはいささか疲れの色が見える。それぞれに土・日をうまく使ってリフレッシュを図ってもらいたいものだ。

と言いつつも、たった今高3諸君には「土・日でやるべきこと」の説明をしてきた。「古典」を担当する吾輩からの課題は、古文の敬語の総復習の準備と漢文句法の総点検の冊子である。

画像にある漢文句法の総点検の冊子は東京大学・九州大学から有名私大まで大学入試問題から拾ったものである。この「漢文句法の習得」によって確実に正答できる問題を集めている。この冊子をやりつつ、これまでに学んだ漢文句法の総点検を目指すというわけだ。

敬語の総復習については、「もう一度基本から入試レベルまで学習しよう」と呼びかけている。画像のようなプリントを見せて、「敬語の理解が古文の読解において大きな意味を持つ」ということを改めて説明した。また、多くの高校生が敬語を「なんとなく」理解している点を出題者は狙ってくる。そしてそれは難解なものではなく、ある程度のことを確実に理解しておけば充分に対応できるものだとしつこくしつこく話すのである。

伝説の伸学社塾頭、入江 伸先生いはく、
「学業はウン・ドン・コンなり。」これは、学問は要領を追ってはならない、要領を追わない「鈍さ」かげん、さらに、一つ事をどこまでも追いつめていく「根」の強さ、それによってつかんだ「運(チャンス)」で成果を挙げ、成功を果たしていくということだ。

僭越ながら吾輩はこれを受験生のみならず、吾輩たち教員(教える側)にあてはめて考えたい。
日々の指導において、「要領を追うな」「無用の用」を知れ、そして必ず訪れる「チャンスを見逃すな」「チャンスを活かせる力を常に培っておけ」と解釈している。いかがだろうか。


本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H29 4/20

長崎日大の名物教頭である梅本博先生がよく話す言葉として「人間の進歩はまず聞くことから始まる。」というのがある。

吾輩が、中1諸君との授業で最初に話すことの一つとなっている。一緒に学んでいく幾つかのルールを説明するのだが、

①前に立っている人や発言する人が話し始めたら自分の話をやめる。
②人の話をしっかり聴く。※「聞く」ではなく「聴く」

この2つは最初にお願いする。
画像にある板書のように、耳で聞くだけでなく、
耳と目と心で聴いてほしいのである。

愛する中1諸君の授業態度は吾輩の期待をはるかに上回るものであった。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H29 4/19

昨日の午後と夕刻に興味深い話をそれぞれ1~2時間かけてじっくり拝聴した。両者ともに教育関係のコンテンツ開発のお話であった。しかしその方向は両極端であった。

まず、午後にお会いしたのは、名前を言えばご存知であろう大手教育関係の営業マンである。昨今巷間で叫ばれている(本当に「叫ばれている」という表現がぴったりの感がする)、

批判的思考力・協働的思考力・創造的思考力の養成についての教育コンテンツの説明であった。九州大学の新設学部の話など2020年を待たずして、大学入試改革は動き出しており、その先にある「社会で必要とされるスキル」の変革は現在進行形ですでに確立しつつあると感じた。

どのような教材で、どのように発展させ、評価するのか。そしてどのように振り返り、生徒が自身の進歩・成長につなげていくのかという体系がよくわかり、地に足の着いた素晴らしい方向性を持っていらっしゃるなと感心した。

夕刻にお会いしたのは、教育関係の営業といえばそれに該当するのだが、営業はともかくとして、ご自身の「教育観」「世界観」をしっかりと確立している人物で、古えの寺子屋における「実語教」から貝原益軒の著書「和俗童子訓」にまで及ぶ教育論を拝聴した。

※『実語教(じつごきょう)』とは
平安末期から明治初期まで広く用いられた初歩教科書。作者は未詳。平安末期ごろの作と推定されている。幼童にも朗読しやすいよう漢詩流の五言対句の体裁をとる。人間の本質なり価値を「知」に置き、その無限的価値を強調し、「知」の体得のためには幼童からの読書勉励と、道徳的実践とが必要であることを力説している。中世にもかなり普及していたが、近世に入り『童子教』などと合体の形で出版され、寺子屋などの道徳教科書として広く流布した。また『新実語教』などの類書も輩出し、後世の道徳教育や教科書編纂(へんさん)に多大の影響を与えた。[利根啓三郎]
『石川謙・石川松太郎著『日本教科書大系5 教訓』(1969・講談社)』

※『和俗童子訓』(わぞくどうじくん)とは
江戸時代、福岡在住の儒学者貝原益軒によって書かれた教育論であり、『養生訓』、『大和本草』などと並んで彼の代表的な著作である。『養生訓』に先駆けること3年、彼が81歳(この年齢が驚異的である)の1710年に執筆され、日本で最初の体系的な教育書といわれている。儒学者である彼は儒教の子育て観の影響を強く受けており、たとえば三字経からの影響が指摘されている。
江戸時代の教育機関である寺子屋での教育に強い影響を与えたとされている。

「本質は歴史にあり」という言葉もあるが、現在に、未来に通じる識見が多くみられ、改めて学んでみたいと感じるものであった。

以上のように、最先端と温故知新を一日の中で体験した吾輩であった。両極のように思われるが、正反対ではない。つまり、本質はひとつ存在すると思う。まあそれは後日、吾輩なりに語ってみたい。   

とりあえず、本日の結論、「不易流行」である。

本日はここまで。

 

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