招き猫先生の『ことちか日記』R1 11/8

柿が美味しい季節となった。
晩秋である。夕暮れになると「夕焼け小焼け」のフレーズが浮かんでくる。

夕焼け小焼けで日がくれて 山のお寺の鐘がなる 
お手々つないで皆帰ろ 烏と一緒に帰りましょう
子どもが帰った後からは 円い大きなお月さま 
小鳥が夢を見る頃は 空にはキラキラ金の星

作詞者である中村雨紅(うこう)氏は、何を隠そう、日本大学の校友である。日本大学高等師範部国語漢文科であるから、吾輩の直系の先輩である。

雨紅先輩の随筆に以下の文章がある。

人間は生まれると同時に知ると知らざるとに拘わらず梵鐘の音を耳にしたものであり、更に長ずるにしたがって、朝夕聞くその鐘の音を意識するようになる。山や野に又川に遊びほうける子供達、親子兄弟共にそれぞれの職場において家業の手伝いに励み、あるいは工場において働く者の心に響く鐘の音は、それぞれにちがった感じを与えることであろうが、とにかく鐘の音は、私共にとっては一日を命の中に暮した喜びと安心を与えてくれる何とも、言いようのない有り難さをしみじみと響かせてくれるものでである。子供は子供なりに、大人は大人なりに、老人は老人なりに過去から現在へ更に未来へと鐘の音は一筋に、それからそれへとつながって、苦しかった時の事も、懐かしい思い出の一こまとしてくれるほんとに温い、目には見えない一生の、はたまた人生のフィルムである。(『大法論』昭和43年12月号)

長崎日大において、山のお寺の鐘が聞こえてくることはないのだが、1日の最後をつげるチャイムの音や夜7時に一斉に始動するスクールバスのエンジン音、家路を急ぐ生徒さんたちの笑い声などは、吾輩にとっての「鐘の音」と言えるかもしれない。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』R1 11/7

たまには「ことちか(言葉の力)」というタイトルにふさわしいものをと。近頃、読んでいる書籍をご紹介しよう。

画像にあるのは、レオナルド・ダビンチの伝記である。フランクリンやアインシュタインの伝記も書いている米国の評伝作家、ウオルター・アイザックソン氏の著作である。

翻訳家の文筆も冴えており、興味深く読み進めている。死後500年近くたつダビンチであるが、なかなかに学ぶべき点が多い。

以前、上越教育大学名誉教授である新井郁男先生が、このダビンチの伝記の中から、以下の学びを「これからの教育への示唆」として読み取っていらっしゃった。

絶えず好奇心を持つ。知識自体を探求する。子どもらしい驚嘆心を保持する。  自分の目で見る。細部から始める。見えざるものを見る。
不思議に思うところを純粋な興味から探る。横道にそれる。事実を伝える。
先に延ばす。完璧を良しとしない。目で考える。縦割りを避ける。空想にふける。
支援者のためではなく自分のために創造する。
協働する。目録をつくる。メモを取る。未知に目を向ける。

いかがだろうか。500年前のダビンチを描く書物の中に、これだけの視点が含まれていたのである。「示唆に富む」とはこのことだろう。

今流行の「主体的な学習」の視点とも重なって見えてくる。

ただ吾輩は思う。「何事もバランスである。」と。
上記の文言にしても、「横道にそれる。先に延ばす。完璧を良しとしない。」などは、時と場合によるだろう。「縦割りを避ける。空想にふける。」あたりも然りである。つまり、何かが絶対ダメで、何かが絶対良いという考え方は、こと教育に関しては、あまり存在しないのではないかと思うのである。

時と場所と場合、そして、「その後の想像」に応じて、その時点における「適切」を選択をし、さらに、省察をくり返し、成長していくことが、できる限りのベストではないかと思うのである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』R1 11/6

さて、問題です。

一郎と次郎と三郎の3人は、学年(中1・中2・中3)も、部活(柔道・ラグビー・陸上)も、それぞれちがいます。
次のヒント①~③を参考にして、誰が、何年生で、何の部活に入っているかを答えなさい。

ヒント① 一郎は三郎より2学年上である。
ヒント② 次郎は柔道部である。
ヒント③ 中1の子はラグビー部である。

この問題は、画像にある「算数と国語を同時に伸ばすパズル入門編」の第一問である。小学校全学年用としてあるので、落ち着いて読めば、「なにこれ?」というレベルのものだろう。

ヒント①の段階で、三郎が中1、一郎が中3だとわかる。
あとは、ヒント②と③を当てはめれば終わりである。1分かからないのではないだろうか。

が、しかし、である。
中学生どころか、大学生であっても慌てると間違えてしまうそうなのである。

このような学びは、AIに負けないための学びと言えるかもしれない。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』R1 11/5

放課後のひととき。中学校の近くを歩いていると、「先生っ」と声をかけてくる少年少女がいた。

  

よく見ると、昨年まで一緒に国語を学んでいた生徒さんである。
「どうしたの?」と尋ねると、差し出してきたのが、「落語」を題材にしたマンガであった。国語の授業で何度か話した吾輩の落語好きと漫画好きを覚えていたのかなと。「それ面白いよね」と応えたところ、「ここの台詞の意味がわからないんです。」と。

どこかと見ると、「うちの師匠は落語のらの字も教えてくれやしない。ここ3年修行したが、覚えた噺は、つばなれしちゅいねえんだ。」という台詞の「つばなれ」って何ですか?というおたずねであった。

すぐに教えてもよかったのであるが、まあ少し考えさせようかと思い、「つばなれ」って、ここではどんな意味で使われていると思う?と聞いてみた。

賢い少年少女は「少ないっていう意味だろうなとは想像つきます。」と。吾輩も「そのとおり。正解!」と返し、立ち去ろうとすると、さらに「だから、つばなれが少ないという意味だというのはわかります。だけど、なぜ、そうなのかがわからないんです。」とくる。

そこで吾輩、「声に出して数えてご覧」と促した。少年少女は「いち、にっ、さん、し」と、吾輩「それ以外の数え方は」と。「1本、2本、3本」とか「一匹、二匹、三匹」だとか、始まった。

「もっと単純にものを数えてよ」と言うと、「ワン、ツー、スリー、フォー」や「ウノ、ドス、トレス、クアトロ」が飛び出してきた。さすがグローバルな日大中である(笑)。

しばらくの間、わいわいやっていたが、中の一人が「ひとつ、ふたつ、みっつ」と口にした途端、「あっわかった。」「先生、つばなれの意味わかりました。」と嬉しそうに叫んだ。

「えーっなんでぇ」と気づかない少年に「ひとつ、ふたつって数えていってご覧。九と十でわかるよ。」と言うと、すぐに理解したようだ。「なあんだ」と笑顔である。

単純なことであるが「わからない」を「わかる」に変える作業は実に面白い。

「できない」を「できる」に変えるのも同様ではあるが、「わからない」→「わかる」の変換はそのアプローチの過程が楽しいのである。

今回も実に楽しいひとときであった。あーっ国語の授業がしたくなった。

おあとがよろしいようで。

本日はここまで。

と、終わろうとしたが、画像の説明を忘れていた。

吾輩が「落語」に興味を持ったきっかけが、この2冊、藤本義一氏の「鬼の歌」と古屋三敏氏の「寄席芸人伝」である。「鬼の歌」は多少おどろおどろしく皆様にお勧めというわけではないが、「寄席芸人伝」は非常に粋な話が多く、お勧めである。

ホントに、本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』R1 11/3・4

土曜日は、授業日(長崎日大は第1と第2土曜は学校ありなのである。)だったので、3日、4日の連休であった。

4日の夕方、学校にいると、我らが進路指導部副主任園田先生の放送が聞こえてきた。「そろそろ職員室も締めるので校舎内にいる生徒さんは気をつけて下校するように」という内容であった。

11/2~4の期間は、学年によって日にちは異なるが、中3、高1、高2、高3と模擬テストであった。「秋の進研」と高3は「ベネッセ・駿台マーク」である。

昼食時に並ぶ「カツ丼(長崎日大の試験監督の際、多くの先生方が近くのそば屋さんから出前のカツ丼をとる。これがまた美味いのである。)」の数も多い。

 

試験監督にあたる先生方に感謝である。真剣な表情で、模試に取り組む生徒さんたちを頼もしく見渡しながら、体育館の近くを通ると、楽しげな声が響いている。

「あっ、そうだ。」と思い出した。中1の「親子ふれあい大会」だったと。

 

「親子ふれあい大会」というのは、長崎日大中の創成期である30年ほど前から存在するイベントで、年に一回、保護者の皆様と生徒さん、教職員も一緒になって、スポーツやレクレーションを楽しむ企画である。

 

中1の生徒さんたちが楽しそうにはしゃいでいるのはもちろん、お父さんやお母さんたちも笑顔で参加していただいているのが、とてもとても嬉しい光景であった。

「親子ふれあい大会」の様子に「ほっこり」させていただいた後は、「いざ、決戦!」であった。

3日は、サッカーの全国高校選手権長崎大会の準決勝も行われたのである。

長崎総科大附属高校との一戦は、白熱した展開で進んだが、残念ながら敗れてしまった。実力校ひしめく中のベスト4である。

国見さん、創成館さん、総附さん、そして、長崎日大とどこが勝っても不思議ではない実力伯仲の準決勝だったと思う。

今年の3年生の高校サッカーは、これで試合終了であるが、県高校総体2連覇を成し遂げた素晴らしいサッカー部である。本当にお疲れ様である。

多くの在校生、卒業生、保護者の皆様も応援に駆けつけてくださっていた。有り難しである。

 

特に、サッカー部の父母の会の皆様、本当にありがとうございました。皆様のご尽力と立派な息子さんたちに敬意を表します。

ここから3年生は、ひとりひとりが、次なるゴールを目指して全力疾走してほしい。

後輩たちはまた「新しい長崎日大のサッカー」を創造していかなくてはならない。大いに期待するところである。

学業に、スポーツに、生徒の皆さんも、保護者様も、先生たちも、それぞれに頑張っている「長崎日大の晩秋」である。

素敵な学校である。

本日はここまで。

 

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