招き猫先生の『ことちか日記』H30 6/27

長崎日大の朝は早い。7時過ぎに学校に出てくると、すでに職員室には先生方がちらほら、朝練の生徒さんや自習室の生徒さんも少なからず登校している。

毎朝、武道場の階段を駆け上がっている生徒、太い太いロープを引いている生徒、大きなタイヤを大きなハンマーで叩いている生徒と挨拶をかわしつつ、校内に入ると体育館からは元気の良い声とボールが跳ねる音が聞こえてくる。

かたや、2階の自習室や各教室ではすでに集中して学習に取り組んでいる生徒たちがいる。本日も待ち構えていたかのように古典文法の質問を受けた。

外に出ると、単語帳を見つめつつ、日大坂を上ってくる中学生の姿が。

あれもそれもこれも長崎日大である。

自分の力をつけるために、毎日毎日黙々とロープを引き続ける力、自分の疑問点を明らかにするために質問する力、小テストなどに対して真摯に取り組む力、すべてが彼らのこれからを支える力となるだろう。

改めて思う。長崎日大は楽しい思い出を作るだけの学校ではない。未来を創る学校なのである。「楽しい」と言える学校生活は素晴らしい。しかし、それだけで終わってはいけない。そこに「充実した」がほしいのである。

あとで振り返ってみて「あの頃は青春だったなぁ」だけではダメなのである。「あの頃があったから今がある」と胸を張れる生き方をしてほしいものである。


本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 6/26

サッカーワールドカップにおける日本代表の大健闘に世の中が盛り上がっている。長崎の人間が渋谷のスクランブル交差点に立つとたとえ平日であっても「祭りか?」という感想を抱くのは昭和の頃からの「あるある」であるが、試合後の様子は「さぞや…」であろう

今回、流行語となりそうな言葉に「(大迫)半端ない」がある。思えば大迫選手が高校選手権で活躍していた当時に若い世代の間で日常語として使われていた覚えがある。「半端ない」から「半端ねぇー」、そして「パネェー」と発展?した表現もあったようだ。

それよりももっと前、昭和の時代にも、もはや死語となった「ツッパリ」のお兄ちゃんたち(横浜銀蠅というバンド全盛の頃だったか)が「俺たちは半端じゃないぜっ」と息巻いていたのも懐かしい。

古典に「半端」という表現はそこまで出てこないが、「はしたなし(端なし)」「はしたなり(端なり)」が近い表現だろうか。「中途半端だ」という意味を持つ。現代語(口語)では「半端じゃない」として「その事の程度が並大抵ではない」という意味である。

言えば「半端ではない」の「で」が抜けただけの表現なのだが、1周(2、3周かな)回って世の皆様は新鮮に感じるのかも知れない。

今更言うことでもないが、言葉は生き物であり、表現の組み合わせは無限であり、その言葉を用いるTPOで素晴らしい価値を持つこともあれば、汚い表現となり人を傷つけることもある。大岡信先生の言葉をお借りすると「変幻ただならぬ」が言葉の力である。

本日も「半端ない」長崎日大の生徒さんたちと一緒に言葉を用いて、バトル(授業)に挑むのである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 6/23

本日は長崎日大のオープンスクールである。
高校約1300人、中学校約140人にご来校いただき、長崎日大新キャンパスも満杯状態であった。

おなじみの「日大レンジャー」が登場し、吹奏楽部のマーチングをご披露する「歓迎セレモニー」から始まり、各種のお楽しみ企画、模擬授業や部活動の見学、カフェテリアでの100円ランチ試食会、最後に渇いたのどを潤すかき氷まで、小学生・中学生・保護者の皆様、楽しんでいただけただろうか。最後は送迎バスを生徒・教職員で手を振ってお見送りした。

普段からもなのだが、このような式典やイベントの際に改めて「チーム日大」の底力を感じるのである。
教職員の取り組みはもちろん、係を務めてくれている生徒諸君の働きぶりは目を見張るものがある。普段はのんびりしている少年たちもしっかりした挨拶、行き届いた気配りを見せてくれていた。

「おもてなし」という表現で巷に浸透した「ホスピタリティー hospitality」という言葉は、平成9年度、故岸浩一郎先生が校長に就任なさった頃に初めて聞いたような気がする。

当時としては斬新な企画であった「オープンスクール」を開催するときに、「Good hospitality」という言葉を、岸校長が発せられたのを覚えている。

オープンスクールも「ホスピタリティー」という言葉も世の中に根付いているが、この言葉を聞くたびに、教員生活の最初の10年を厳しく、温かくご指導いただいた岸浩一郎先生を思い出すのである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 6/21

通常、長崎日大の放課後講座は毎週月・火・木・金に実施する。水曜日は基本的にフリーであり、職員会議なども水曜日に設定されている。

昨日は職員会議もなく、フラフラと校内を歩いていた。体育館や武道館では元気に部活動の声が響いている。高校総体や中総体を終えて新チームでスタートした部活動もあれば、今後まだまだ続く大会に向けてさらに力が入っている部活動もある。

校舎内に目を向けると、講座がない水曜日なのにたくさんの生徒たちがそこかしこで先生たちをつかまえての即席質問コーナーが始まっている。決して強制されての居残りではない。

 

運動部でも文化部でも学習の質問でも何でもいい。自分の力を伸長させ、可能性を広げようとする姿は実に美しい。一生懸命何かに取り組んでいる仲間と互いにその価値を認め合うこと、自分とは異なる方向で頑張っている仲間を尊重すること、これが長崎日大の目指すスタイルではないかなと思う。

厳しい部活動を続けながら昼休みに職員室前で質問や小テストに取り組んでいる生徒も学業一本で毎日放課後講座に取り組んでいる生徒もみんなそれぞれに素晴らしい。

長崎日大ここにあり!である。

 

本日はここまで。

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 6/20

昨夜から、サッカーワールドカップの初戦、対コロンビア戦勝利の話題で持ちきりである。

数年前の女子サッカー日本代表のワールドカップ優勝や2015のラグビーワールドカップでの南アフリカ戦勝利などなど、ジャイアントキリングを目の当たりにすると「人生と世の中はあきらめてはいけないな」とつくづく思う。

ワールドレベルでの快挙だけでなく、吾輩たちの身近にもそのように思わせてくれる事象は少なからず存在する。

吾輩が長崎日大に奉職したのが昭和61年4月である。昭和の終盤も終盤である。長崎日大が創立20周年くらいであった。

その時点で、野球部がK星高校などを倒して甲子園に行くことやサッカー部がK見高校に勝ち、インターハイや選手権に出場することは考えられることではなかった。柔道部からオリンピックのメダリストが出たり、金鷲旗でベスト4に進出することもである。※ハンドボールの全国制覇は前年の春に全国3位になっていたので少し期待していた。

また、長崎日大から東京大学や京都大学、一橋大学、国立の医学部医学科への合格者がでることどころか、国公立大学にまとまった数の合格を出すこと自体想像できないものであった。

スポーツにしろ、受験にしろ、単なる幸運で勝つことはできない。そこに至るまでの「準備」や「意識」が必要である。確かに勝負事に運不運、ツキががあるとかないとかは存在するのかもしれない。しかし、そのチャンスは「揺るがない意志の下に地道な準備を継続した者」にしかつかめないと思う。それに見合う取り組みを継続してきた者にしかチャンスは訪れないし、目の前を通り過ぎてもつかむことはできないのだろう。

本日も長崎日大は「明確な意志を持って準備を続ける」のである。「いつか輝きを放つ、その瞬間のために」である。

本日はここまで。

 

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