招き猫先生の『ことちか日記』H30 3/6

先日、昨年度卒業したH田T朗くんが顔を見せてくれた。後輩たちの卒業を祝いに来てくれたのだった。長大の医学部医学科での1年はさぞや大変だったろうと思い、「どうだ?」と尋ねると、意外にも余裕のある返答だった。

「そうっすねー。ライブの前とかは結構忙しいんですよ。」

吾輩は「君はバンドを組んでいるのか!」と心の中で驚嘆しつつも、話は続いた。一緒に医学部に行ったA田くんはどうしてる?と聞くと、同じところでバイトをしているとのこと。

そのバイト先が画像にある「T田塾」さんであった。そこは吾輩が以前からその斬新な手法に興味を抱いていた塾である。

「T田塾」さんのパンフレットにあった「私の塾はまったく授業をしていませんが、難関大学に合格者が続出しています。」というフレーズはなかなかに衝撃的であった。

世の学校や予備校の先生方からすれば「なんですとぉー!」と言いたくなる話かもしれない。まあ賛否両論あるところであろう。

しかし、吾輩は「T田塾」さんが主張することにも一理あると思う。つまり、正しい勉強方法(何をいつまでにどのようにするか)を指南することを何よりの受験対策と掲げていらっしゃるわけである。

現代社会において、学ぶ意志さえあればほとんどのことは自分で学ぶことができる。ただ自分の現段階における学力に合う教材や目標に対するそれぞれの時期や進捗状況に応じた適切な教材をセレクトし、消化していくことは難しい。おそらくその点をしっかりフォローしていらっしゃる(間違っていたらゴメンナサイ)のだろう。

物事にはすべて「適性」がある。我らが長崎日大はその「適性」の幅をできるだけ広くして、生徒さんとその自己実現に向けてのアジャストを図る学校でありたいと思う。

そして、どこでどのように学ぶとしてもそれを有効にするのが「言葉の力」だと思うのである。言葉を連ねた「文章」を読み解く力を育成していくことこそ、人生を輝いて生きる力であると吾輩は信じている。

NO ことちか NO LIFE である。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 3/5

土曜日のサッカーと日曜日のプロ野球で大いに盛り上がった諫早と長崎である。吾輩は土曜日は夕刻の大渋滞に巻き込まれ、日曜日は山手線並みにすし詰めのシーサイドライナーを体験する次第であった。

昨日来の雷雨により、生徒たちの登校にも影響が出ている本日であるが、生徒たちは週末の桜菊祭(文化祭)に向けて弾んでいるように見える。

さて、近頃読んだ本の中に稲川明雄さんの『山本五十六のことば』という書籍がある。世に知られた山本五十六の名言・至言が所収されているのだが、中には初めて見るものもあった。その中に、

 やって見せ 説いて聞かせて やらせてみ 
 讃(ほ)めてやらねば 人は動かぬ

という言葉(橋本禅巌講話『正法眼蔵四摂法之巻摸壁』)があった。人を育てる観点の言葉としてご存じの方も多いだろう。

今回、吾輩が目をとめたのは、それに続く山本五十六の言葉で、「仕事を教えるのでも、讃めてやると云うことが、秘訣のようであります。讃めると云うのはおだてると云うことではなく、共に喜ぶことなのであります。」

「讃める=共に喜ぶ」これは大切なことだなと今更ながら痛感したのである。所謂、「上から下へ」ではなく「横のつながり(アドラー心理学っぽいが)」なのかなと思ったのである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 3/1

卒業式である。
朝から衝撃的なことがあった。
これは話せばながくなるので「改めて記す」である。
さしあたっては、昨日の明倫館の卒寮パーティーについてである。

  

例年、卒業式の前日に実施している卒寮パーティーでは、「寮の卒業証書」として校長先生に一人一人に対して揮毫していただいた「人倫明らかなり」の色紙を贈呈している。

吾輩からの祝辞は、卒業証書と一緒にその色紙を保護者の皆様に見せて「おかげさまで卒業できました」「ありがとうございました」「これからもよろしくおねがいします」としっかり言うように。みんなよく頑張った。胸を張って卒業してくれ。という内容であった。

毎年のことであるが、この卒寮パーティーのために保護者の皆様から山のように(この形容では表現できないくらい)お菓子やジュースが届く。特に今年驚いたのは「明倫館の写真でできたケーキ」だった。

 

そして、ここ数年クオリティーを向上させているのは、宮崎先生&本田先生プロデュースのひとりひとりへの記念色紙である。

 

宮崎先生が鋭意作成した写真付き寄せ書き色紙と寮生の手による似顔絵は素晴らしい。

明倫館スタッフとなり、早くも9年となる。たいしたことはできないが、「寮」=「家」という気持ちでやってきた。今年も喜びと寂しさが同じくらいの日を迎えた。

明倫の仲間たち、ありがとう。ここで過ごした日々が諸君の人生の一場面として記憶に残るとしたら光栄である。健闘を祈る。また会おう。

本日はここまで。

 


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招き猫先生の『ことちか日記』H30 2/28

本日2月28日である。卒業式を明日に控えて、高校3年生たちも在校生たちもその準備に取り組んでいる。

しかし、高校3年生の大学受験は「未だ道半ば」である。先日、国公立大学の二次個別入試前期日程が終了したものの、その結果を受けての後期日程が控えている。

今朝、新校舎2Fの自習室には早朝から必死に机にかじりつく生徒の姿が見られた。見事!志望校合格!を果たして卒業式を迎える生徒もいれば、今後の合格発表を待っている生徒、思うようにいかず再起を期す生徒、その胸中は様々だろう。

それぞれがそれぞれにその6年間・3年間を頑張ってきたと思う。ひとりひとりの長崎日大での学校生活に優劣はない。

しかし、高校3年生の2月28日の早朝に誰に指示されたわけでもなく自分の意志(と意地)で机に向かい、一心不乱に挑み続けているその姿を吾輩は誇りに思う。

それこそ「長崎日大ここにあり」である。不撓不屈である。長崎日大50年の歴史はひとりひとりの生徒が、ひとりひとりの教職員が諦めず挑み続けた歴史である。

受験をはじめ世の中に山ほどある「報われないこと、悔しいこと、切ないこと、不満なこと…」それに立ち向かってきた。長崎日大の学業も部活動も社会に出てからも、すべてそこに立ち向かってきた。

巷間よく見受けられる、マスメディア等を上手に利用して、流行の華やかさや楽しさ、美しい青春を謳歌することを演出する学校を吾輩は否定しない。

しかし、長崎日大は「青春の思い出」に加えて、その後の人生につながる「未来を創る」学校でありたいと思うのである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 2/27

本日は1校時から「卒業記念講演」が実施された。
長崎日大では、毎年、正福寺住職の山口光昭様をお招きして『生きるということ』というタイトルでお話をいただいている。

拙ブログを見てくださっている卒業生の皆様にも「卒業式の前に体育館で和尚様の話を聴いたなぁ」と覚えている人も多いだろう。

高校卒業という大きな大きな節目の時に心安らかに和尚様の言葉に耳を傾ける時間を持つことは意義のあることだと思う。

吾輩も毎年拝聴しているのだが、毎年毎年、新鮮な学びがある。今年特に響いたのが、
「飯食ったか」「眠れているか」「ゴミ出したか」「無理して笑ってないか」という問いかけである。

シチュエーションは様々だろうが、これから進学などで家を出て暮らす我が子に保護者がかける言葉として「そうだよなぁ」と頷いた吾輩であった。

同時に、さだまさしさんの『案山子(かかし)』の一節も思い出した。

元気でいるか、街には慣れたか、友達できたか、さびしかないか、
お金はあるか、今度いつ帰る?

という言葉である。今年も385人の生徒が長崎日大を巣立っていく。385の家庭からの巣立ち(自宅からの通学・通勤もあるだろうが、精神的な自立ではあるだろう)がある。

今回のみならず、すべての卒業生諸君!
飯食ったか、眠れているか、ゴミ出したか、無理して笑ってないか、
元気でいるか、街には慣れたか、友達できたか、さびしかないか、
お金はあるか、今度いつ帰る?

本日はここまで。

 

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