招き猫先生の『ことちか日記』H27 11/20

メディアリテラシーとは、メディアが発信する情報を、分析・評価し、活用する能力のことである。

愛する中一諸君と現在学びを進めている「オオカミを見る目」「ニュースの見方を考えよう」「常識は変化する」といった説明文において触れておかなければならないキーワードである。

ちなみに「オオカミを見る目」では、
人の考えや行いは、置かれた社会の状況によって異なりもするし、また変化もし得るのだということを心に留めて置いてください。

「ニュースの見方を考えよう」では、
ニュースは編集されている。ニュースは演出されている。ということから、ニュースの受け手でいるだけではなく、ニュースを自分なりに判断していく。これが、いずれ社会人となるあなたにとってだいじなことだと思うのです。

「常識は変化する」では、
ふだんからさまざまな情報や考え方に触れ、まずは「本当かな」と考え、納得できるまで考えたり、調べたり、人と話し合ったりして考えを深めていく訓練を心がけましょう。そのためには、自分の知識と感覚を鍛え、そう「嗅覚」といってもいいほどの鋭い感性を持って、物事と向き合う力、はっきりと結論が出せないことについても考え続ける力を身につけていくことが大切です。そのことが、私たち一人一人にとって生きやすい社会を作ることにつながり、また、自分自身が納得できる行き方を助けてくれるのだと、私は考えています。

というような筆者たちからの生徒たちへのメッセージが伝えられている。中学一年生の今、話しておきたいこと満載である。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H27 11/19

期末考査間近である。愛する中一諸君との授業もいつもより少しだけ、笑いも吾輩の脱線も少なく、テスト範囲を進めている。

今回のテスト範囲の中心は、「説明文」である。「答えは文中にあり!」は吾輩が掲げている「国語の鉄則」のひとつである。中でも説明文については「100パーセント」をつけてもいいくらい「答えは文中にあり!」なのだと何度も何度も力説している。

が、しかし「答えは文中にあり!」をお題目のように唱えても愛する少年少女たちには届かない。それはなぜか?
それは「リアル」に響かないからである。つまり、「答えは文中にあり!」を実践して、解いて見せて、それが自分でできて、得点として表れるという成功体験を味あわせて初めて実感してくれるのである。

当然今回は、べたな作問をする。問われている内容からキーワードを決めて、文中でさがす。着眼して解答と思しき部分を抜き出す。または解答と思しき部分を問いのリクエストに応じて加工する。この作業を徹底すれば高得点となる問題を準備していくのである。

うちの生徒たちに限らず、世の国語を苦手とする子供たちは、文章を丹念に読むことができない(しようとしない)。また、活字を追うことにものすごく時間がかかる。グローバルもアクティブ・ラーニングも大切である。が、しかし、その土台・基盤を作らずして進めるのは「上滑り」の危険がある。長崎日大建設はしっかりと杭を打ち込みつつ、確かな学びの基盤を建設中である。

 

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H27 11/15

本日は中学校の学校説明会であった。昨日の高校の学校説明会には昨年を大きく上回る200名近い保護者様・生徒さんにご来校いただき、喜ぶとともに「中学校はどうかな?」と期待と不安がよぎった吾輩であった。本日も150名ほどの例年にない多数の保護者様・お子様方にご来校いただき、「ほっ」とするとともに、スタッフもいつも以上に気合の入った説明会となった。

 

今井コース長の学校説明を聴いていて、常々思うのである。もし「自分が伝えたいことをすべて伝えていいよ」と今井コース長に言ったとしたら、おそらく彼は2時間くらいは楽に話し続けるだろうなと。

中学校に入学してからの学習成績の伸長、高校でのさらなる伸びをデータとして数値的に示せるようになったこと。実施から8年目となる独自の英語教育「GEP」の内容が年々充実してきていること。言語技術教育など、常に時代に即応した教育コンテンツが整っていること。などなどセールスポイント・アピールポイントに事欠かない状況であることが要因として考えられる。

しかし、最大のアピールポイントは「温かさ」だと吾輩は思っている。朝早くから夜の9時近くまで六年制コースの職員室にはスタッフが何人も残っている。月曜日と金曜日は高校3年生をはじめとする高校生向けの夜間学習であるが、それ以外の日もけっこう遅くまで何かワイワイやっている。

昭和の時代の長崎日大は生徒指導や運動部の活躍を中心とした「熱い教育力」の時代だったと思う。昭和から平成のはじめにかけては、東京大学・京都大学などの難関大学合格を果たすなどの「高い教育力」と野球の甲子園出場・サッカーの選手権出場などに象徴される、個性に応じて出口を保証していく「幅広い教育力」を示していた。

平成も20年を過ぎ、世の中が不透明・不安定なものに感じられるころになると、そこに「深い教育力」が求められるようになってきた。そして現在、創立以来50年に渡り、長崎日大に受け継がれてきた「熱い教育」とともに「温かい教育」が必要なのではないかと思うのである。

「そんなこと改めて言わなくても教育って温かいものじゃないの?」と突っ込まれそうではあるが、改めて吾輩たちが意識することは大切なのではなかろうか。誤解を恐れずに言えば「温かさをしっかり表現すること」が大切だと思うのである。

生徒諸君に対して「あなたの存在がうれしい」「あなたの存在に感謝している」「あなたの頑張りに敬意を表する」といった、吾輩たち古い教員からすれば口にするのが面映い言葉である。しかし、それをしっかりと言葉に表し、日々の教育活動にあたることは現代社会において必要不可欠なものだと吾輩はここ数年間の中学生との付き合いの中で実感している。

 

説明会の最後に吾輩はこう締めくくった。
長崎日大の先生たちには、生徒に対する「感謝」と「敬意」を忘れないスタッフがそろっていますよ。
「看板に偽りなし」といきたいものである。

 

本日はここまで。

招き猫先生の『ことちか日記』H27 11/13

今日は週に一度の国語の朝テストの日である。二学期は全体を通して「小説を読み解く上で必要な」ことちか単語第二弾を進めてきた。二学期の期末考査でその修得の度合いを試すのである。ここでしっかり取れないと冬休みに吾輩から「追い込まれる(逆に吾輩が追い込まれるかも?)」のである。

本日の朝テストの出題内容は、

茫然…気が抜けて、ぼんやりする様子。
②取り繕う…ごまかしてその場を収める。
ひょうきん…③朗らかで、④滑稽な様子。
疎外感…仲間外れにされているという感じ。
忌まわしい…嫌な感じである。
唆す…悪いことをするようにしむける。
怠惰…怠けていて、だらしがないこと。
ぞんざい…⑨扱いが乱暴な様子。いい加減。
卑劣…性格や行いがずるくて⑪卑しいこと。
僻む…素直になれず、自分だけが不利な状態にあると思う。いじける。
恭しく…慎みのある態度で、礼儀正しい様子。
勤しむ…一生懸命取り組む。励む。
憤り…腹を立てること。怒り。
挙って…みんな⑰揃って。一人残らず。
うらぶれた…⑱惨めな姿になった。
頑な…自分の態度や考えを変えない様子。
淡々と…物事にこだわらず、あっさりとしている様子。

この二十個のうち、十六勝四敗で合格としている。
満点が24人、全体の八割以上が合格している。不合格は13人いたが、あと1点、2点という人も多かった。吾輩がうれしいの一人ひとりがしっかり立ち向かっていたことである。上記の問題を見ていただければわかるかと思うが、正直「中一には無茶なレベル」かもしれない。高校2年生の国語担当者が「うちのクラスでも読めませんよ」と言っていたくらいである。しかし、できるのである。可能性は無限大なのである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H27 11/11

ご無沙汰であった。関東遠征から戻るやいなや、怒涛の後始末に追われていた。まあ言い訳しないで、今後途切れぬよう努めたい。どうかご容赦くだされたしである。

さて、学力推移調査~桜菊祭と両極端なイベントを終え、愛する中一諸君は落ち着いた日常生活に戻っている。長い二学期も残すところあと四十日あまりである。
近頃は、「慣れた」という声もあれば、「疲れる」という声も聞こえてくる。吾輩たち中一スタッフも六人の担任を中心に生徒たちの状況を把握し、心中を察しつつ、指
導を進めていかなくてはならない。

吾輩は、中学校の入学当初に「対抗適応」という言葉をよく使うのだが、簡単に言えば、「当初は、つらく苦しく感じることに対して立ち向かっていく中で次第に適応して、そこまで負担にならない形でこなせるようになる」という成長(伸長)のプロセスのことになる。

高校の特進クラスであるアカデミーコースⅠ類などは、「対抗適応」の例としては最適であろう。高校入学と同時に(教科によってはそれ以前から)質量ともに充実した学習内容をこなしていかなくてはならない。ときには悲鳴があがる(もちろんこれは比喩である)こともある。そのなかで一学期も半ばを過ぎると格段に処理能力や理解力が発達してくるのである。その実感は当人たちにはそこまでないのかもしれないが、校外模試等の結果にも顕著に現れてくるのである。

こんなことを書くと「中学生にもそれを!」というリクエストをいただいてしまいそうである。しかし、中には「宿題が多すぎて心配です」という保護者様もいらっしゃるだろう。

確かに「対抗適応」は成長過程において必要なのである。しかし、「急いては事を仕損じる」も真理なのである。中一諸君に対する「対抗適応」は高校生の二倍・三倍の時間をかけて行うことが大切なのである。

吾輩は生徒たちに「あせらず・あわてず・あきらめず」という言葉を掲げている。吾輩たち教える側も「あせらず・あわてず・あきらめず」を忘れずに取り組んでいきたい。
本日の職員会議の後、中一のスタッフを集めてのミーティングを行う。「どうやって成績を伸ばそうか」の会議ではない。各クラスに「困ってそうな生徒はいないか」「つらそうな表情を見たことはないか」「サポートや面談の必要はないか」という情報を共有しようという話し合いである。これは中一に限ったことではなく、高三から中一まで全学年でやっていることである。

学校全体で厳しい指導にも温かいサポートにも取り組む姿勢が長崎日大なのである。

本日はここまで。