招き猫先生の『ことちか日記』H30 7/25

本日は夏季進学講座の3日めである。時間割の都合で久しぶりに中学校の講座を担当した。昨年1年間、一緒に勉強した中1(当時)諸君との再会であった。

 

本年度から高校職員室にホームを移した吾輩にとって何とも懐かしさを感じる中学校の教室に足を踏み入れると、元気な少年・少女が笑顔で迎えてくれた。

教室内の雰囲気も画像にあるように実に魅力的で、活力に溢れるものであった。このクラスは英語の北村先生が担任であるからか「英語」があちこちにちりばめられている。

 

 

おそらく他のクラスもそれぞれに工夫を凝らした様子が見られるのだろう。

ガンバレ!日大中!高校から応援しているよ!

 

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 7/24

先週、終業式も近い頃、高1対象の「小論文講座」を実施した。

「小論文講座なんてありきたりだなぁ」と言うことなかれ!である。
国語科主任の池内証子先生の指揮のもと、期末考査と進研テスト終了後、しっかりと事前指導を施した後、準備万端での「小論文講座」である。しかも単なるイベントで終わることなく、ここから夏休み、そして2学期へとストーリーが続いていくのである。

密かに進めてきた「言葉の力プロジェクト」が次第に形になって表れてきている。この夏、拙ブログにおいてご紹介していく所存である。乞う!ご期待である。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 7/23

画像は、終業式後の「全国大会出場選手壮行会」の一コマである。
拙ブログをご覧いただいている皆様の中に、長崎日大OB、特に応援団のOBをご存じの方がいらっしゃったら本日の「ことちか日記」を見てくだされと伝えてほしいのである。

 

画像にあるのは、旧制服、紺のブレザー、そして、当時の応援団にしかわからない手作りのモールを肩に縫い付けてある。今から30年ほど前の制服である。大事にとっておいたが最早、学校に残っているのはこれだけであり、モールは最後のものである。

見事なエールと校歌斉唱であった。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 7/19

劇団四季の浅利慶太氏の訃報が報じられている。
追悼の意を込めて、近年吾輩の記憶に残っている浅井氏の言葉を記す。

およそ2年前に綴った、個性を失ってしまった現代の日本を憂えた手記である。出典は「文藝春秋2016年9月号」である。

 今の日本を見ていると、平穏すぎて不安になることがあります。言い換えれば、社会にエネルギーが感じられない。
 私たちが劇団四季を立ち上げた63年前、日本には良い意味で「対立」がありました。政治の世界では社会を引っ張って行こうとする強い勢力と、それに抗う人たちがいて、その対立がエネルギーを生み出していました。
 当時、演劇界には政治的思想を前面に出す新劇人たちが大勢いて、そこに演劇という芸術本来の輝きを大切にし“人生の感動”を謳い上げる劇団四季が登場し、対立軸となりました。
 しかし最近の日本を見ていると、社会は安定していますが、中性化、没個性化しているように感じます。演劇の世界では、素質と能力に恵まれた若い役者は増えたけれど、「祈り」がない。演劇を愛し、芝居に全身全霊で魂を注ぎ込むというより、職業として役者を選んでいるのかもしれません。
 一人ひとりの個性が強いほど対立や摩擦は生じますが、無個性で安定しているところに対立は起きません。その代わりにエネルギーも生まれてきません。
 
 「対立」といっても、私は戦争を肯定するつもりはありません。空襲、疎開を経験し、東京の焼け野原を目の当たりにした者として、戦争を恐れる気持ちは誰よりも強い。
 戦後70年が過ぎ、ほとんどの日本人があの戦争を知らない。これからの日本を担う人たちには、あの時実際に何が起こったのか、どんな苦しさがあり、どれだけ悲惨な出来事を通り抜けて、今の豊かな日本になったのかを知って欲しいです。戦争がいかに悲惨かということを知ることが平和であり続けるためには必要です。

 私は、『李香蘭』『異国の丘』『南十字星』という“昭和の歴史三部作”と呼ばれる作品を創りました。いずれも戦争の悲劇に真正面から向き合った作品です。今年も『ミュージカル李香蘭』を上演します。平和の尊さを伝えるために、戦争を経験した者として、私にはあの戦争の悲劇を語り継ぐ責任があると思っています。(浅利 慶太)

上記の文章において、

素質と能力に恵まれた若い役者は増えたけれど、「祈り」がない。演劇を愛し、芝居に全身全霊で魂を注ぎ込むというより、職業として役者を選んでいるのかもしれません。
という文章が強く記憶に残っている。この文章の一部を変えて、

素質と能力に恵まれた若い教師は増えたけれど、「祈り」がない。生徒を愛し、教育に全身全霊で魂を注ぎ込むというより、職業として教職を選んでいるのかもしれません。

と綴ったら如何だろうか。

長崎日大の精鋭揃いの若い教師陣を見ていると浅利氏の言葉は該当しないと思われるが、吾輩も含めて全ての教師が、職業として教職を選びつつも、「生きざま」として教職を選んだと言える「祈り」を忘れない毎日を過ごしていきたいものである。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 7/18

昨夜の話である。
7/17に記した上園先生と夕食と懇談をかねて、諫早市内のとある飲食店へ出かけた。そこで、日大中学校の1期生と再会したのである。

ちょうど40才になったかつての教え子は変わらず元気で「先生も全然変わらんねー」「でも髪が…」、最後の一言は余計であった。

思い返せば、時は平成7年、彼らが高校2年生の頃から担任を務めた。個性溢れるメンバーが揃っていた。東大・京大・一橋・九大・国立の医学部医学科などなど華々しい進路実績に加えて、そのキャラクターの濃さが忘れられない。

それぞれの学年に、それぞれのクラスに、それぞれの思い入れがある。ただひとつ共通しているのは「彼らを育てているつもりだったが、彼らと彼らの親御様に育てていただいていたんだなぁ。」と感じることである。

君たちの母校と後輩たちをこれからも大切にしていくよ。

本日はここまで。

 

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