招き猫先生の『ことちか日記』H30 3/10

本日は長崎日大の文化祭「桜菊祭(おうぎくさい)」である。

はじけている在校生たち、ついこの間卒業して晴れやかな顔で楽しんでいる高校3年生、いつもの保護者の皆様に加え、数年前の卒業生たちも大学が春休みとなり訪ねてきてくれている。

就職が決まった報告に来た大学4年生は数年ぶりに成長した姿を見せてくれた。またその保護者様まで来校いただき久闊を叙すことができた。卒業生であり、かつ保護者様(つまり、卒業生のお子様が入学している)という関係もかなり増えてきている。これぞ私学の醍醐味である。

創立50周年記念式典などの関係で3月の実施となった今年度の「桜菊祭」だが、帰省している卒業生や晴れ晴れとそしてのんびりと楽しむ高校3年生を見ていると「この時期の実施も悪くないかな」と思う。

しかし、今週末の国公立大学後期日程に向けて最後の勝負に挑む高校3年生もいる。本日の午前中まではその指導も同時に行った。

ここ数日のことである。前期日程で合格した生徒たちが後期日程に挑む生徒たちと一緒に学習しているシーンを目にした。「なぜ?」と思ったが、すぐに「最後まで走る友達がいるなら自分たちも一緒に最後まで走ります。」というセリフが返ってきた。まさしく全員で全力で全うである。

それぞれの春が歩みを進めている。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 3/8

昨日の「母賛歌」の続きである。

母よ母よ 感謝してます 家族よ心しっかり結んで
響け賛歌 大地の如く 今あなたのために捧げます
励ましてくれてありがとう すくい上げてくれてありがとう
私を産んでくれてありがとう 

この歌詞から思い起こしたことがある。

先日の卒業式の朝、吾輩は「ある生徒さん」に手紙を書いていた。そして、原稿用紙のコピーも同封した。その生徒さんが5年前に、つまり中学1年生の授業で綴ったものだ。その内容を少し紹介しよう。

「生まれてきてくれてありがとう、入学してきてくれてありがとう、きつくても負けずに立ち向かってくれてありがとう、君たちの存在にありがとう、君たちの存在にいつもパワーをもらっている。」この文は先生が作った課題のお知らせプリントの下の方に書いてあった文です。そのプリントをもらった時はちょうど学校に慣れてきたけれど、テストなどのことで毎日を不安に過ごしていたときでした。(中略)このプリントはいつまでとっておけるかわからないけれども捨てずにとっておこうと思いました。(中略)私は今もあのプリントを大切に持っています。先生とは血はつながっていないし、生徒と先生の関係だけだけど、日大中にいる間はつながっているような気がします。

原稿用紙4枚の最後に「先生、先生になってくれてありがとうございます。先生の言葉にいつもパワーをもらっています。」とある。「ああこれはずっと大切に持っておこう」と思った。そしてそれから5年間吾輩を支えてくれた。

この生徒さんは中学卒業時に部活動との両立を目指したいということでコース変更をした。よってその後、日常における挨拶や簡単な会話はあったが、授業等での接点はなく高校3年間が過ぎた。

吾輩は卒業式の日に「あなたのこの文章のおかげでつらいときも頑張ることができたよ。ありがとう。」とお礼をいうことを決めていた。とはいえ、その生徒さんはもう忘れてしまっているだろうなあ、どんなタイミングで渡せるかなぁと思案しつつ、職員室を出たところに、あの生徒さんが吾輩を待っていてくれたのだった。

そして、吾輩が何も言う前に「先生、私、中1のときに先生が配ったプリントもってますよ。」と話しかけてきた。5年間、お互いに触れてなかったことをお互いに温め続けていたんだなと胸が熱くなった。

3/1の拙ブログの冒頭に記した「衝撃的」なこととはこれである。

改めて言っておこう。長崎日大のすべての卒業生と在校生に、
「生まれてきてくれてありがとう、入学してきてくれてありがとう、きつくても負けずに立ち向かってくれてありがとう、君たちの存在にありがとう、君たちの存在にいつもパワーをもらっている。」

そして、生徒さんたちから「先生の言葉にいつもパワーをもらっています。」と言ってもらえるような「ことちか(言葉の力)プロジェクト」を進めていきたいと強く思うのである。


本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 3/7

画像は校内に新設された「中学生の遊びの広場」である。周辺の梅が花をつけている。
小学校の頃の担任がよく口ずさんでいた江戸端唄(だと思う)に「梅は咲いたか、桜はまだかいな~」という一節があったなぁと思い出した。今思えばなかなか乙な担任である。

「梅は咲いたか桜はまだかいな」というフレーズで調べてみたら、従来の江戸端唄や明治の俗歌についての項目と並んで、レゲエシンガーであるMetisさんの楽曲が紹介されていた。

梅は咲いたかさくらはまだかいな ただただ ひらひら 華麗に舞い待ちわびる花
なにげなく過ごした日々がこんなに大切なものだったと知った
誰の上にも 歩き始めるために桜は咲くのさ
すべてに意味があることのように君に花は咲くのさ
カバンはいらない 古い荷物は捨てなさい
まだ今始まったから道は長い
あるとき 春が訪れるとき あなたたちから始める時代

このような歌詞が続いていた。今の時期になかなかいいなぁとしみじみ読んだ。CD買おうかなと思ったとき、Metisさんの名前を思い出した。数年前テレビ番組で取り上げられ、吾輩、いたく気に入った歌があった。たしかそのアーティスト名がMetisさんだったような。慌てて検索すると、まさしくその通り!その「母賛歌」という歌を歌っていた人だった。

母よ母よ 感謝してます 家族よ心しっかり結んで
響け賛歌 大地の如く 今あなたのために捧げます
励ましてくれてありがとう すくい上げてくれてありがとう
私を産んでくれてありがとう 

こんな歌である。このフレーズを今年の卒業生のお母さんたち、いや在校生も含め、長崎日大に大切な大切な子どもさんを通わせていただいた(いただいている)すべてのお母さんたちに捧げたい。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 3/6

先日、昨年度卒業したH田T朗くんが顔を見せてくれた。後輩たちの卒業を祝いに来てくれたのだった。長大の医学部医学科での1年はさぞや大変だったろうと思い、「どうだ?」と尋ねると、意外にも余裕のある返答だった。

「そうっすねー。ライブの前とかは結構忙しいんですよ。」

吾輩は「君はバンドを組んでいるのか!」と心の中で驚嘆しつつも、話は続いた。一緒に医学部に行ったA田くんはどうしてる?と聞くと、同じところでバイトをしているとのこと。

そのバイト先が画像にある「T田塾」さんであった。そこは吾輩が以前からその斬新な手法に興味を抱いていた塾である。

「T田塾」さんのパンフレットにあった「私の塾はまったく授業をしていませんが、難関大学に合格者が続出しています。」というフレーズはなかなかに衝撃的であった。

世の学校や予備校の先生方からすれば「なんですとぉー!」と言いたくなる話かもしれない。まあ賛否両論あるところであろう。

しかし、吾輩は「T田塾」さんが主張することにも一理あると思う。つまり、正しい勉強方法(何をいつまでにどのようにするか)を指南することを何よりの受験対策と掲げていらっしゃるわけである。

現代社会において、学ぶ意志さえあればほとんどのことは自分で学ぶことができる。ただ自分の現段階における学力に合う教材や目標に対するそれぞれの時期や進捗状況に応じた適切な教材をセレクトし、消化していくことは難しい。おそらくその点をしっかりフォローしていらっしゃる(間違っていたらゴメンナサイ)のだろう。

物事にはすべて「適性」がある。我らが長崎日大はその「適性」の幅をできるだけ広くして、生徒さんとその自己実現に向けてのアジャストを図る学校でありたいと思う。

そして、どこでどのように学ぶとしてもそれを有効にするのが「言葉の力」だと思うのである。言葉を連ねた「文章」を読み解く力を育成していくことこそ、人生を輝いて生きる力であると吾輩は信じている。

NO ことちか NO LIFE である。

本日はここまで。

 

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招き猫先生の『ことちか日記』H30 3/5

土曜日のサッカーと日曜日のプロ野球で大いに盛り上がった諫早と長崎である。吾輩は土曜日は夕刻の大渋滞に巻き込まれ、日曜日は山手線並みにすし詰めのシーサイドライナーを体験する次第であった。

昨日来の雷雨により、生徒たちの登校にも影響が出ている本日であるが、生徒たちは週末の桜菊祭(文化祭)に向けて弾んでいるように見える。

さて、近頃読んだ本の中に稲川明雄さんの『山本五十六のことば』という書籍がある。世に知られた山本五十六の名言・至言が所収されているのだが、中には初めて見るものもあった。その中に、

 やって見せ 説いて聞かせて やらせてみ 
 讃(ほ)めてやらねば 人は動かぬ

という言葉(橋本禅巌講話『正法眼蔵四摂法之巻摸壁』)があった。人を育てる観点の言葉としてご存じの方も多いだろう。

今回、吾輩が目をとめたのは、それに続く山本五十六の言葉で、「仕事を教えるのでも、讃めてやると云うことが、秘訣のようであります。讃めると云うのはおだてると云うことではなく、共に喜ぶことなのであります。」

「讃める=共に喜ぶ」これは大切なことだなと今更ながら痛感したのである。所謂、「上から下へ」ではなく「横のつながり(アドラー心理学っぽいが)」なのかなと思ったのである。

本日はここまで。

 

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