招き猫先生の『ことちか日記』R1 11/5

放課後のひととき。中学校の近くを歩いていると、「先生っ」と声をかけてくる少年少女がいた。

  

よく見ると、昨年まで一緒に国語を学んでいた生徒さんである。
「どうしたの?」と尋ねると、差し出してきたのが、「落語」を題材にしたマンガであった。国語の授業で何度か話した吾輩の落語好きと漫画好きを覚えていたのかなと。「それ面白いよね」と応えたところ、「ここの台詞の意味がわからないんです。」と。

どこかと見ると、「うちの師匠は落語のらの字も教えてくれやしない。ここ3年修行したが、覚えた噺は、つばなれしちゅいねえんだ。」という台詞の「つばなれ」って何ですか?というおたずねであった。

すぐに教えてもよかったのであるが、まあ少し考えさせようかと思い、「つばなれ」って、ここではどんな意味で使われていると思う?と聞いてみた。

賢い少年少女は「少ないっていう意味だろうなとは想像つきます。」と。吾輩も「そのとおり。正解!」と返し、立ち去ろうとすると、さらに「だから、つばなれが少ないという意味だというのはわかります。だけど、なぜ、そうなのかがわからないんです。」とくる。

そこで吾輩、「声に出して数えてご覧」と促した。少年少女は「いち、にっ、さん、し」と、吾輩「それ以外の数え方は」と。「1本、2本、3本」とか「一匹、二匹、三匹」だとか、始まった。

「もっと単純にものを数えてよ」と言うと、「ワン、ツー、スリー、フォー」や「ウノ、ドス、トレス、クアトロ」が飛び出してきた。さすがグローバルな日大中である(笑)。

しばらくの間、わいわいやっていたが、中の一人が「ひとつ、ふたつ、みっつ」と口にした途端、「あっわかった。」「先生、つばなれの意味わかりました。」と嬉しそうに叫んだ。

「えーっなんでぇ」と気づかない少年に「ひとつ、ふたつって数えていってご覧。九と十でわかるよ。」と言うと、すぐに理解したようだ。「なあんだ」と笑顔である。

単純なことであるが「わからない」を「わかる」に変える作業は実に面白い。

「できない」を「できる」に変えるのも同様ではあるが、「わからない」→「わかる」の変換はそのアプローチの過程が楽しいのである。

今回も実に楽しいひとときであった。あーっ国語の授業がしたくなった。

おあとがよろしいようで。

本日はここまで。

と、終わろうとしたが、画像の説明を忘れていた。

吾輩が「落語」に興味を持ったきっかけが、この2冊、藤本義一氏の「鬼の歌」と古屋三敏氏の「寄席芸人伝」である。「鬼の歌」は多少おどろおどろしく皆様にお勧めというわけではないが、「寄席芸人伝」は非常に粋な話が多く、お勧めである。

ホントに、本日はここまで。

 

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