招き猫先生の『ことちか日記』R1 11/7

たまには「ことちか(言葉の力)」というタイトルにふさわしいものをと。近頃、読んでいる書籍をご紹介しよう。

画像にあるのは、レオナルド・ダビンチの伝記である。フランクリンやアインシュタインの伝記も書いている米国の評伝作家、ウオルター・アイザックソン氏の著作である。

翻訳家の文筆も冴えており、興味深く読み進めている。死後500年近くたつダビンチであるが、なかなかに学ぶべき点が多い。

以前、上越教育大学名誉教授である新井郁男先生が、このダビンチの伝記の中から、以下の学びを「これからの教育への示唆」として読み取っていらっしゃった。

絶えず好奇心を持つ。知識自体を探求する。子どもらしい驚嘆心を保持する。  自分の目で見る。細部から始める。見えざるものを見る。
不思議に思うところを純粋な興味から探る。横道にそれる。事実を伝える。
先に延ばす。完璧を良しとしない。目で考える。縦割りを避ける。空想にふける。
支援者のためではなく自分のために創造する。
協働する。目録をつくる。メモを取る。未知に目を向ける。

いかがだろうか。500年前のダビンチを描く書物の中に、これだけの視点が含まれていたのである。「示唆に富む」とはこのことだろう。

今流行の「主体的な学習」の視点とも重なって見えてくる。

ただ吾輩は思う。「何事もバランスである。」と。
上記の文言にしても、「横道にそれる。先に延ばす。完璧を良しとしない。」などは、時と場合によるだろう。「縦割りを避ける。空想にふける。」あたりも然りである。つまり、何かが絶対ダメで、何かが絶対良いという考え方は、こと教育に関しては、あまり存在しないのではないかと思うのである。

時と場所と場合、そして、「その後の想像」に応じて、その時点における「適切」を選択をし、さらに、省察をくり返し、成長していくことが、できる限りのベストではないかと思うのである。

本日はここまで。

 

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