「大学入学共通テスト」本番である。1週間ほど前の雪が舞う寒気がおさまり、良いお天気の下、生徒さんたち全員が順調に受験できた。

さて、拙ブログにおいてこれまでに申し上げたことがあるが、この時期になると思い起こすことが2つある。
ひとつは、1992年、平成の4年の1月である。
平成元年に誕生した長崎日大の「国公立大学進学クラス(現在のアカデミーコースⅠ類)」の大学入試センター試験の初陣であった。
今や、長崎県の私立高校の特進クラスは珍しいものではなくなったが、当時からすると斬新だったかと思う。
とは言え、何の実績もない特進クラスである。平成元年のスタートは20名の在籍であった。とにかく徹底的に鍛え上げた3年間、ひとりも欠けることなく、当時のセンター試験に挑んだ。
その20名が九州大学や長崎大学をはじめとする国公立大学にかなりの合格を出すことができたのは、その後の長崎日大にとって大きな自信となった。
当時、教職6年目であった吾輩も「いつかは自分のクラスや教科でセンター試験に挑んでみたいなぁ。」と思ったものである。

ふたつめが、1995年、平成7年のことである。
長崎日大の特進クラスも4代目となり、現理事長の力野先生とタッグを組んでの担任・教科担当を務めた。
30数名の生徒さんたち、信頼を寄せてくださった保護者様と力を合わせて、ふたりでがむしゃらに走った3年間であった。
幸いなことに、長崎日大では初となる一橋大学をはじめ、九州大学、広島大学、熊本大学、長崎大学などの難関を突破することができた。
また、その年のセンター試験直後に「阪神・淡路大震災」※が発生し、心を痛めつつの志望校検討、三者面談、出願、二次個別対策と続いたことも忘れられない記憶である。
吾輩注※阪神・淡路大震災から本日で31年、改めて犠牲となった方々のご冥福を祈りたい。
あの頃から30余年が過ぎた。
その間、中学校が開校し、中高一貫の生徒さんたち※が国公立大学進学クラスに合流する。
吾輩注※ 中学校の1期生が平成8年の大学入試において、初めての東京大学、京都大学、国立大の医学部医学科という成果を見せた。
その後、類型別クラス編成を導入した頃、アカデミーコース・プログレスコースが誕生し、これまでの国公立大学進学クラスはアカデミーコースⅠ類となる。
続いて、中高一貫の生徒さんたちのクリエイトコースが誕生し、高校2年次からは、アカデミーコースⅠ類とクリエイトコースが合体、文系・理系に分かれる形となる。

長い歳月をかけて成長を続けてきた結果、20名で始まった国公立大学等、今の共通テストへの挑戦であるが、長崎日大の受験者数は10数倍、合格数も三桁となる年(昨年度は162名)が増えてきたのである。
受験会場に向かう生徒さんたちの姿を見つめつつ、「長崎日大の襷が繋がっている。」こんなことを思っていた吾輩であった。
本日はここまで。




