さて、HAPPY!VALENTINEである本日、職員室入り口の「日大ベアー」はたくさんのチョコレートを抱えているが、学年末考査のなかの連休ということで、ほとんど誰もいない長崎日大である。

吾輩もちとひと休みというところで、毎年発行を楽しみにしている「諫早市中学生・高校生文芸コンクール入賞作品集」の頁をめくってみた。
随筆・詩・短歌・俳句と諫早の中高生の素晴らしい作品が掲載されている。
国語教師の端くれである吾輩として「上手いなぁ」「かなわないなぁ」と思う作品ばかりである。
中学生の俳句部門で最優秀賞をいただいた日大中2年の南野さんをはじめ、本校の生徒さんの作品には特に目がいく吾輩である。
この文芸コンクールというと、今から数年前、第22回の文芸コンクールの随筆部門で最優秀賞を受賞した金松さんの文章が思い出される。
遠藤周作の本に、文章が上手になるために「ようなゲーム」と名付けて、名詞にぴったり合う修飾語を考えていたと書いてあった。文の中に、色があり、音があり、重さや温度、湿度まで感じる。そんな素敵な文を、私も書きたいと思っている。だから、私は「ようなゲーム」を頭の中でしている。
そこで、3年目になった中学校生活を題材に「ようなゲーム」をしてみようと思う。
私の学校は中高一貫校である。高校にデザイン美術科があるお陰で、階段、廊下、到る所に作品が飾られている。1メートル以上あるサイの頭の造形物が壁から突き出し、無数のレシートが規則的に並べられた作品が展示され、紙に描かれているのに浮き出て見える色鉛筆画が並んでいる。私は、校舎の階数を作品ごとに覚えているため、作品の配置替えがあると迷うことがある。その時、ハリー・ポッターの物語で、肖像画の人物が勝手に動いて寮の場所が分からなくなる場面を思い出す。
学校生活は、勉強が大変だが、なんとか頑張っている。放課後には、走るのが好きな人は走り、歌が好きな人は唄い、柔道、英語、生徒会とそれぞれが得意分野に時間をかけている。ここも憧れの学校、窓際のトットちゃんのトモエ学園に似ていて、学校の好きな所である。そして、私は文芸部に入っている。作品は3年間ひとつも書いていないが、みんな優しく受け入れてくれている。図書館の本を読み、友人の作品を読み、おすすめの本について話し、また本を読む。幸せな時間だ。もちろん、楽しい日ばかりかというと、違う日もある。友人にきつく言ったかなと、自分の言葉や態度が頭から離れない日や友人の言葉が胸に残る日もある。しかし、「今日は調子悪いや、何だかモヤモヤする。ごめん。」と一人でいると、察して、そっとしておいてくれる友人、そこをあえてかまって笑わせてくれる友人もいる。有り難いなと思う。前転すらまっすぐ回れず、走れば転ぶほどに苦手な体育も、素晴らしい運動神経をもつ友人を尊敬する時間として乗り越えている。こんな日々だ。
この学校生活を、なんと例えれば良いだろう。色彩やかで甘いドロップか、はじける感覚がときに気持ち良く、ときに痛い炭酸水か。いや、少し違う。甘いだけでも刺激的なだけでもない。そうだ、ガチャガチャだ。お金を入れて、取っ手を回し、カプセルが出てくるまでのワクワクする感じ、中身が当たりもあれば外れもある。でも外れもなんだか楽しい。あの感じだ。当たりもあれば外れもあるワクワクするガチャガチャのような私の学校生活。明日は、どんなカプセルが出るのか楽しみで、私はまた学校に行きたくなるのだ。
現在、長崎大学医学部医学科で学ぶ金松さんが中学3年生の時に綴った文章である。日大中の雰囲気を絶妙に表現したものとして印象に残っている。
長崎日大の生徒さんたちにとって、毎日が「ワクワクするガチャガチャ」のような学校生活であることを切に願う(いや、願うだけでなく、目指していきたい!)吾輩であった。

本日はここまで。




