全国的に、そして、長崎県においても感染者数の拡大が収まらない状況の今週である。
先般来、自粛のお達しが出た部活動に加え、「できるだけ」ではあるが、時差登校や分散等の措置も続いている。
2月の末に予定していた修学旅行の中止をはじめ、球技大会や幾つかの学校行事も中止か、延期、できる範囲での縮小しての実施となる。
3月の卒業式も同様である。
一昨年の卒業式の頃、2年後も続いているとは誰も予想できなかった事態であろう。
生徒の皆さんに「あと一踏ん張り」「もう少し我慢して」と呼びかけつつ、2年が過ぎてしまった。
生徒さんや保護者の皆様のご理解とご協力、先生たちの頑張りがひとつとなって「慎重に!」であるが、「着実に!」歩を進めることができているのは本当に有り難いところである。
ここにきて、従前以上に「気をつけよう!」「今は我慢してね!」と呼びかけている今日この頃なのである。
「我慢」「我慢」と口にすると頭に浮かぶ詩が二つある。
ひとつはご存じ、相田みつをさんの「がまんするんだよ」、ご紹介しよう。
「がまんをするんだよ」
がまんをするんだよ
くやしいだろうがね
そこを
がまんをするんだよ
そうすれば
ひとのかなしみや
くるしみが
よくわかってくるから
そして、もう一つが、坂村真民先生の「あとからくる者のために」である。
この詩は坂村先生の生涯において二度書かれている。
九十二歳の時の詩を決定詩とされているようである。
社会の人々への「それぞれが少し我慢をして、少し苦労をして、自分にできる何かをしてゆこう」という坂村先生の呼びかけがより届く詩になっていると言われている。
九十二歳の時の決定詩「あとから来る者のために」をご紹介しよう。
「あとから来る者のために」
あとから来る者のために
田畑を耕し
種を用意しておくのだ
山を
川を
海を
きれいにしておくのだ
ああ
あとから来る者のために
苦労をし
我慢をし
みなそれぞれの力を傾けるのだ
あとからあとから続いてくる
あの可愛い者たちのために
みなそれぞれ自分にできる
なにかをしてゆくのだ
毎日毎日、校内のお地蔵様と永田菊四郎先生の胸像に生徒の皆さんの無事を祈り、心配しつつ、生徒さんの元気な姿にエネルギーをもらっている吾輩である。
改めて、「それぞれが少し我慢をして、少し苦労をして、自分にできる何かをしてゆこう。」と考える週の半ばである。
本日はここまで。