お盆である。ひととおり学校を見てまわったが、さすがに生徒さんもまばらである。8/14は吾輩も亡き父やご先祖様のお墓参りなどに。
さて、15日の夕刻、精霊様の供物などをかかえて第2グラウンドの先にある諫早市スポーツパークの駐車場に向かう。
ここ数年、諫早市の精霊船などお盆の供物はこの駐車情に集められる。
長崎市内のように、爆竹を鳴らしながらの精霊船も見かける。
思い起こせば、教員1年目の夏、長崎日大の初代理事長である中村達先生の精霊流しに参加した。あれから40年である。
本校の「10周年記念誌」によると、長崎日大誕生の第一歩は、永田菊四郎先生の日本大学総長就任を契機とし、長崎の日本大学校友の「長崎の地に日本大学の付属校を」の機運が高まったことによる。
とはいえ、それが具現化していったのは、当時、日本大学校友会長崎支部の支部長であった中村達先生をはじめとするお歴々が昭和40年初夏に上京し、永田菊四郎先生に「長崎に付属校を創設したい計画のある旨」のお話しをしたところからだと推察する。
長崎日大創立20周年を迎える昭和61年に中村達先生の精霊を流せたのも何かのご縁かなと今思う。
様々な多くの皆様のご尽力の上に育ってきた長崎日大である。学校から歩ける距離にある諫早市スポーツパークから、「皆々様の御霊よ安かれ」と祈るお盆であった。
本日はここまで。