招き猫先生の『ことちか日記』

招き猫先生の『ことちか日記』R3 8/13

雨の続く長崎である。学校にも人影がなく、部活動もほとんどお休みのようである。
地域によっては避難を余儀なくされているところもあるかのように聞く。各地の皆様に被害が及ばぬことと拡大するコロナ禍の沈静化を祈りつつ、お寺さんへ向かった。

いつものお盆とは異なり、時間に多少の余裕があった旧知のご住職としばし歓談した。

その中からである。

自分が幸福になりたいと思うなら、自分の隣にいる人が幸せを感じなければ、本当の幸福を感じることはできません。身近な人の幸せ、周囲の幸福を目指すところから、日本の幸福、世界の平和につながります。
そのために取り組む善行を「利他行」と言います。

ここまで聴いて驚いた。なぜなら、先日の終業式の際、吾輩が引用したマザーテレサさんの言葉ときれいに重なったからである。

洋の東西、宗教の違いはあっても共通しているんだなぁと一人で納得していると、さらに話は続いた。

「利他行」の中で最も取り組みやすいものが「掃除」です。
まず、キレイにして迷惑だと感じる人はいないということ、そして、「掃除」は利他でもあるが、自らに利する行為でもあることが肝要なのです。

毎日毎日どれだけキレイにしても塵は溜まります。その塵は自分の心の中にあるものなのです。不満、ねたみ、そねみ、悩み、怒り、恨み…様々な負の気持ちはどれだけ戒めても払ってもとめどなくわき上がってくるものです。

「掃除」は、物理的にキレイにするとともに、精神的に浄化される行為と言えるでしょう。

このように書くと、すごく高貴なお坊様のようだが、そこは旧知の悪友でもある。この内容をコテコテの長崎弁で「おいはな、毎朝5時から掃除しよっとぞ。わいは掃除くらいちゃんとしよっとや。※」などと語られたのである。
※吾輩注「私はね、毎朝5時から掃除をしているんだよ。あなたは掃除くらいちゃんとしているの。」

画像にあげたのは夏休みの最初の頃、朝から校舎前を掃いていると「何かお手伝いできることはありませんか。」と声をかけてくれて、手伝ってくれたデザイン美術科の生徒さんである。

吾輩「うちにはこんげん良か生徒さんがおるとぞ。」
住職「そいは良か生徒さんやねぇ。わいよりエラかばい。善行ば積むことも貴かけど、自然にそいば手伝うていうことはなかなかできんとぞ。先生より生徒がエラかばい(笑)。」
※吾輩注 
吾輩「うちにはこんなに良い生徒さんがいるんだよ。」
住職「それは良い生徒さんだねぇ。あなたよりエラいね。善行を積むことは貴いことだけど、それを自然に手伝うということはなかなかできないんだよ。先生より生徒がエラいね。」

本日はここまで。

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